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御巣高の記憶

きょうの「しんぶん赤旗」に祝部幸正さんの記事が載っていました。
祝部さんのホームページには、いぜん、地区委員会のホームページからリンクさせていただいていて、そのときメールでもやりとりをしたことがあります。
そのとき慶子さんの消息なども伺っていたのですが、彼女が5年まえに結婚し、四国で子育て中であることは、この記事で知りました。

1985年8月12日18時58分、日航123便は、群馬県上野村の御巣高の尾根に墜落した事故はいまでも鮮明に覚えています。

その日は、前日から竜串へ岡本和也現市議の家族、河渕現清水高校事務長の家族たちと一泊旅行に出かけていました。
わたしたちは家族は、その晩に河渕家で「後夜祭」をやることになり、風呂を浴びて7時過ぎに行きました。

すると7時のニュースの終わりのほうで
「羽田の空港事務所に入った連絡によると、午後6時に羽田を出発した大阪行き日航ジャンボ機の機影がレーダーから消えた」
という衝撃的なアナウンスがあり、一同画面に釘付けになりました。

その日は、話題はそのことで持ちきりだったことはいうまでもありません。
続々と伝えられるニュースに、わたしは目と耳を疑いました。
事故は国内、しかも捜索にむかった自衛隊機は、墜落機が燃えている画面まで写している。なのに墜落場所が特定できない。こんなことがあっていいのか、そんなことを強く思いました。

現場に救助隊が駆けつけたのは翌朝でした。
ニュースで送られてくる凄惨な現場をみて、ショックを受けていただけに、
4名生存のニュースを聞いたとき、
思わず瞼が熱くなったことを思い出します。

その一人が川上慶子さんでした。
自衛隊員に抱きかかえられ、ヘリコプターに吊り上げられるシーンは、
あの事故の象徴的なシーンとして、いまでも脳裏に焼きついています。

慶子さんが、事故直後に現場で記憶として
「お母ちゃんは声がしなかった。
お父ちゃんはがんばれ、といっていた、
咲子の声は、だんだんしなくなった」(うろ覚えですが)
と語った話は悲しすぎます。

そして、彼女のお父さんとお母さんが、日本共産党員で、お父さんが大社町議だったことを知ったのは、翌日の「しんぶん赤旗」でした。

その後明らかになった客室内での乗客たちの「がんばろう」コールや、
家族にあてたダイイングメッセージは、人間ドラマを強く感じました。
そして、コックピットでの生存をかけた30分のドラマからは、人間はどんな境遇になってもあきらめずにたたかうものだとの強いメッセージを感じ取ったものです。

これを書いていて、いまなお涙腺がゆるくなるのを感じました。
それだけ、わたしにとって御巣鷹の記憶は鮮烈なのです。

御巣鷹山慰霊登山

御巣鷹に思う
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コメント

あの時のことは僕も鮮明に憶えてます。

実は慶子ちゃんとは、その後ちょっとした縁がありました。

95年頃、僕は血液検体の搬送のバイトをしてたのですが、その搬送先で彼女を見かけました。顔を見てすぐわかった僕もどうかと思いますが。(笑)
茨木市(大阪)の病院付属の看護学校で、彼女は学んでました。

もちろん、一方的に見かけただけなのですが、あの日痛々しい姿だった彼女が、キリッと白衣に包まれてる姿は、感慨深いもにでした。

へえー、そうなんだ。

あのとき、彼女にはタレントにというようなオファーが結構きていたような記憶があります。

そんなものに乗らず、
自分の道を歩んだことは良かったですね。


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