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日本共産党の元議長だった、宮本顕治さんがなくなりました。
テレビ高知の記者と懇談していたときに、 ともだちが携帯で知らせてくれました。 「そうか、ありがとう」と言わったら、 「なんだ。それだけか」と言われました。 なんか、スターリンや毛沢東が死んだときのような 反応を期待していたような雰囲気が漂っていましたが、 「あいつも、わかっていないな」と思いました。 確かに宮本さんのはたしてきた役割は大きいし、 一つの時代の終わりと その死を悼む気持ちはあるけれど、 それ以上の特別のものはありません。 まだそんな風にみられているんかなと感じました。 ところで、不破さんとはお電話で直接話したこともあるし、 幡多に来たときもお話したことがあるので、 議長・委員長といっても身近な感じはあるのですが、 宮本さんには、そんな感じはありません。 戦前からの活動家、毛沢東の圧力にも屈しなかった 筋金入りの党員というイメージが先行しています。 ただ、一度だけすれ違ったことがあります。 第19回大会だったかに参加したとき、 休憩中に会場の体育館と宿舎を結ぶ通路ですれ違ったのです。 体格的にもがっちりとしていて、背も高かった印象があります。 宮本さんの印象で思い出にあることは、 戦前の活動、特に特高警察がスパイ査問事件を リンチ殺人事件としてでっち上げて、 宮本さんらを殺人者に仕立てようとしたとき、 あの暗黒裁判のもとでも、論理だてて虚構を突き崩し 殺人罪の適用をさせなかったたたかいです。 これは数年前に詳しく追跡することがあって、 改めて彼の原則性、不屈性に舌を巻いたことを覚えています。 それと戦後の党分裂のときの活動、 そしてそれを克服して統一を回復し、 第8回大会で綱領を確定するまでの指導性にはすごいものがあります。 時には「創共協定」などという、 創価学会と池田大作氏にだまされたこともありますが、 それも歴史を前向きにすすめようとした過程でのことであり、 一つの教訓として想い出に残っています。 いずれにしろ、巨人の一人であったことには違いないと思います。 ご子息が宮本太郎教授だということは、つい最近知りました。 ご冥福をお祈りし、彼の意志をついで社会進歩の事業をすすめたいと思います。 |
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初めまして。
生前の宮本顕治さんに会ったことがあるという方が、故人の業績を以下のようにたたえています。 http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/miyamotokenji.html 感動的な論文です。多くの人に、選挙への力になれば…と思い、せんえつながらここに紹介させていただきます。
2007-07-20 Fri 01:47 | URL | KQ #0RivarV.[ 内容変更]
宮本元議長の印象
共産党地区委員長のブログ、最近は珍しくも無いのかも知れませんが、私には珍しいので少し拝見させていただきました。まだ一部しか読んでいませんので確定的なことは言えませんが、割とさらっとした方だなという印象を受けました。宮本さんの件についても最近の党員はそうなのかな?と思いました。私は党員ではありませんが、不破さんや志位さんよりは宮本さんの印象が強烈です。何度も演説会で見かけたせいでしょうか。故山原さんとも相通ずるものがあったように思います。
コメントありがとうございます。
KQさんへ
紙屋さんは、以前から知っています。 「風の谷のナウシカ」をめぐって 意見を交換したことがあります。 実物は知らないのですが、なかなか ユニークな方だと伺っています。 それぞれの「宮本顕治」がいるのですね。 田舎暮らしの管理人さんへ。 ホームページをみさせていただきました。 八束のほうにおられるんですね。 こんど近所に行ったら、お伺いしたいと思います。 宮本さんへの追悼記事も 読ませてもらいました。 また、おいでください。 |
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| ハイランドからの手紙 |
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