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軍隊が嫌いになった経験

地区党学校での出されたお話を紹介します。
MNさんは、戦争中に軍隊の嫌な面をみて、
それ以来、「軍隊嫌いになった」と言って
次のようなエピソードを話してくれました。

MNさんは子どものころから
ずっと宿毛にいました。

昭和20年になって、
日本軍は本土決戦の予定地として、
第一候補として九州、
第二候補として関東地方を想定し、
準備を進めていました。

さらに、第一候補への上陸に関連して
米軍が高知県にも上陸をしてくるとして
4個師団を配備、
沿岸地方に「震洋」「回天」などの
特攻隊も配置しました。

幡多地方にも1個師団が配備され、
小学生だったMNさんらの学校は
軍隊の駐屯地にされ、
子どもたちはお寺などで勉強せざるをえませんでした。

兵隊たちの食糧事情は悪く、
2等兵、1等兵らは
近所の農家に食糧を分けてもらおうと
よくやってきたそうです。

農家の中にはそれに同情して、
乏しい食料から工面して
兵隊たちにも食料を提供したそうです。

ところが
サーベルをガチャつかせて
それを取り締まる将校がいて、
見つかった兵隊たちが
リンチをうけた場面にも遭遇したといいます。

ところが、
そのサーベルをつけた
将校たちは、
農家から徴発した牛をさばき、
旦那さんが戦死した後家さんの家に上がりこんで
酒を呑み焼肉をしていたといいます。

MNさんは、
障子に穴をあけて
そうした将校たちのらんちき騒ぎを
うらやましげにみたといいました。

飢えた子どもたちや
兵隊たちはそっちのけに
後家さんをはべらせて
酒盛りをする日本軍に
幼心に嫌悪感をもち、
それ以来、軍隊というものは
信用がおけない集団だとおもったそうです。

自衛隊が米軍の補完部隊だという話に
MNさんはうなづきながら
子どものころの体験を話してくれました。
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